アイム・イン・ヘブン

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 目を凝らすと、それは先の私と同じ顔をした者達だと見てとれた。彼らが、あのゼリー質の粘液に包まれて、何百という数で押し寄せてくる。  そう思考した次の瞬間、私は粘液の中へ飲み込まれてしまった。  私は薄れていく意識の中で思いだしていた。昨日、妻の恵子と一緒にホテルにいたことを、そして、車に乗って家まで帰る途中、反対車線から飛び出てきたトラックのことを。  気がつくと、彼らと一緒に倒れている自分を見つけた。周囲はあいかわらず、肉壁にかこまれている。  周囲には彼らが倒れていたが、しばらくすると数人が動き始めた。  だがそれは、足で歩くのではなく、ヘビや毛虫のように腹ばいになって進んでいた。私と同じ顔をした何千もの彼らが、トンネルの奥深くへと奇妙な情熱を持って進んでいる。  彼らを観察している内に、私の心の内に抑えきれない好奇心が満ち始めた。 『彼らは、どこへいくのか』  その思いに突き動かされ、私は彼らの進む方向へと進んでいった。  彼らは私に興味を憶えないのか、私の方を見ようともせず、声をかけても無視して、ただひたすら前進することに専念している。  私と這いずって進む彼らとの奇妙な行進が続く。 『そうだ、今までのことを整理して考えてみよう。昨日、私は確かに恵子を乗せた車で交通事故にあった…だが、こちらの過失ではない。もしあれがきっかけだとすると、恵子は無事だったのだろうか。それに加えて、この奇妙な場所と、私と同じ顔をした彼らは一体…』  そんなことを考えながら進んでいくと、どこからか微かな歌声が響いて来た。それと同時に、下にいる彼らが激しく動き出した。  合唱サークルで歌っていた、あの澄んだ歌声。間違いない、恵子の声だ。  私は、下にいる彼らに構わず走りだした。恵子の声歌はトンネルの奥底から聞こえてくる。  だいぶ走ると、だんだんと声は大きくなってきた。それにともない、下にいる彼らに急激な変化が見られた。そばにいる者に、手当り次第に襲いかかっているのだ。  体をひっぱっり、足に噛みつき、相手の目の中へ爪を突き立てる。無表情のままにくり返される闘争。  先にいくにつれて、その有様はだんだんひどくなってきた。まるで地獄図だ。
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