アイム・イン・ヘブン

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 私は襲ってくる手にかまわず走り続けた。傷だらけになった両足を引きずりつつ、彼らを追い抜き走っていく。  前方に人影が見えてきた。そこで通路は終わっており、私に気が着くと人影は急に歌うのをやめた。  恵子だ。彼女はその美しい裸体を隠そうともせず、私にそっと手を差しのべていた。この奇怪な世界の中において、肉壁を背にした彼女の姿はまるで女神のように輝いて見えた。 「恵子!」  私はそう声をかけて、そばへと寄っていった。彼女は、そのあと何を言おうか迷っている私を見つめると、柔らかな両手でそっとかき抱いてくれた。 「ギイィアァアァァー!」  後方で鋭い叫び声があがった。  一人の声ではない。何千という私の顔が、血の涙を流して泣き叫んでいるのだ。  血肉をひき裂くような叫びであった。  彼らは、すばやい動作で私をめがけてせまってきた。その表情には、醜い憎悪と、魂を削り取られたかのような絶望が彩られている。  恵子は、彼らに釘付けになっている私の手を取ると、奥の肉壁の中へと分け入っていく。つづいて私もひきずられるようにして壁を通り抜けていった。  出た所は、円形のテントのような場所だった。初めて見るのにも関わらず、私は何故かとても穏やかな感情に包まれた。  私は今までの出来事を彼女に問いただそうとしたが、彼女は「静かにして」と言うなり、形のいい唇で私の口を塞いでしまった。そして私の腕を引くと、仰向けに寝るよう身振りした。  私が横たわると、彼女はぬけるような白い肌に黒髪をからませ、そっと体を重ねてきた。  押しつけられ、形を変えた彼女の乳房から、微かな心音が伝わってくる。それはゆっくりと、それでいて力強く私の体へ響いてきた。  私は右手を彼女の頭に、左手をくびれた腰にあてて彼女を抱きしめた。彼女の頭部が、ちょうど私の胸の上にのっている。彼女は眠っているのか、呼吸がだんだんと穏やかになっていった。 『そうだ、これは夢なのかもしれない。いつものように目が覚めると、彼女は傍らにいて、静かな寝息を…』  そんな思いにとらわれているうちに、私は次第に耐え難い睡魔にみまわれた。  彼女の鼓動が、規則ただしい音をたてている。全身で彼女の体温を感じつつ、私は深い眠りに落ちていった。  夢の中で、私は不思議な空間に浮かんでいた。
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