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姿を変えた男爵は立ち並ぶ家々の屋根を次から次へと飛び移り、その異様な姿を影に映し、まるで風見鶏のように影の世界の町並みに溶け込んでいる。彼自身の能力なのか、満月の夜がなしえる幻想か、定かではないが彼の姿を見つけることは至難の業だった。
そうして至った先は座り心地の良い大きなベランダを備えた三階建ての大きな洋館。その二階の左から二番目のベランダの手すりだった。
音も無く忍び寄る忍者のようにスルリと手すりに着地すると、器用に翼をたたみ座り込んだ。
彼はこのベランダをいたく気に入った。
何か理由があるのかと聞かれると返答に困るが、しいて言うなら月がよく見えるからと言って良いのかもしれない。
彼は月が何より好きだった。徐々に欠けていき、消えてしまったかと思うと、再び彼の前に姿を現してくれる。そんな月を誰にも邪魔されず悠々と眺めているのが特に好きだった。まるで誰かを見ている様だったからだと言われてしまえば、それまでなのだが、彼は飽きずにずっと眺めている。
これまで、多くの世界の空にたたずむ月を飽きるほど見てきた。
その中でも、この世界の月は特に綺麗だった。季節のせいか気候のせいか、透き通る空に浮かぶ月は金色の色を湛え、眩しいほどに輝き、不思議と体が軽くなる。
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