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一通り話すと、黒猫はティーカップに口を付け飲み始めて黙り込んでしまう。
ちなみに、この店のミルクは農家から直送してもらっている絞りたて、しかし、お客が来ないので殆どマスターが自分で消費していたりする。
「男爵、渚さんに一つお話を聞かせてあげては如何ですか?」
あまり使われていないグラスを磨きながらマスターがミルクを飲み干そうとする黒猫に話しかけて微笑んだ。男爵は面倒くさそうに目を細めて顔を上げると、あからさまに溜め息を吐いて首を振った。
「渚さんも聞きたいですよね?男爵の不思議な世界の物語」
少年のように悪戯な微笑を浮かべるマスターは少女に話を振った。不思議な世界の物語、という単語に少女は反応しパァッと明るくなっていき、男爵を見で満面の笑みで訴えた。聞かせて、と。
呆れたように額を押さえて、大きく溜め息をつく男爵。
「まったく、そう易々と話す事ではないのだがな」
「男爵様!聞かせてください!」
飛び跳ねるようにして男爵に飛びつく少女に、目を丸くした黒猫は再び大きな、ほんとに大きな溜め息をついた。
「渚、『男爵様』は勘弁してくれないか、くすぐったい」
「パルテノン男爵、聞かせていただけますか?」
即答する少女に黒猫は諦めたように目を瞑って頷いた。
「マスター、ミルクをもう一杯頂こう、渚にもコーヒーを入れ直してあげてくれ。我儘な小娘の為に一つ物語を話してやろう」
男爵がそう言うと、マスターはセカセカと準備をし始めた。少女の輝く瞳に映る黒猫は焦点の定まらない様子でどこかを見詰めていた。何かを思い出すようにそっと瞳を閉じて、そっと開いた。
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