プロローグ

2/2
466人が本棚に入れています
本棚に追加
/97ページ
   桜の開花に遅れて始業式を迎えたその日――怠惰な生活の延長線上。  進級というものに対しては、気負いも感じず、気概もなく、ただ今年から少しずつ進路も考えなきゃな、などと漠然と思い耽る程度だった。  周りを見ても、今の時期から焦るような生徒もいない。せいぜい親しい友人の動向をバロメーターにでもしていればいい――そんな風に考えつつ、その日は放課後を迎えた。  部活動に勤しむ友人と別れ、何となく足が向かった先はやはりというか、いつも通り、駅前のアーケード街だった。  特に目的があるわけでもない。見飽きた光景の街を回遊するように、適当にぶらつき、最終的に行き当たったのはいつものゲームセンター。  まるで惰性だ、なんてことを頭の隅で微かに思いつつ、潰す必要のない時間を潰している。これもいつもの光景だ。  そして気づけば日が傾き始める時間。小銭も尽きたところで、後ろ髪を引かれることもなく足早にゲームセンターを後にする。  伸びた自分の影を追う帰路――。  家路に向かい、作業的に足を動かすだけの空虚な時間。  ──静かに、しかし激動のような感情を以て何かが動き出していた。  それは何の前触れもなく、突然に。  影踏みの遊びのように、小さな靴のつま先が、長く伸びた影の上に降りたった。  夕日を西空に受ける路地に、音もなく躍り出たのは、見知らぬ小柄な女の子だった。  瞬間的に得られた情報は、その程度だ。  片結びにした細く長い髪を揺らしながら、ステップを踏むかの如く軽やかに近づいてきたかと思った次の瞬間には――鋭い輝きを宿す『何か』を手にした左手が動いていた。  瞬きの一間さえ忘れてしまいそうになる。とてもじゃないが、理解なんて追いつかない。  鋭利な切っ先が形として視界に映ったかと思った時には、すでに目の前で──  それは横一文字に薙いでいたのだった。    
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!