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瞬間、息を飲んだ。
風を斬る音が通り過ぎる。
覚悟していた痛みなどは到来しない。
体温の低下を感じつつ、我が身を確認する。
どうやら怪我はないようだ。胸をなで下ろそうとして、その犯人がまだ目の前にいることを思い出し身構える。
改めて確認すると、女の子が振るったのはナイフのようだった。
薙いだのはこちらの身体より少し手前で、何もない──ように見えた──空間を斬っただけだった。
幸い怪我はなかったが、危険極まりない行為であることには違いない。子供の遊びにしては度が過ぎている。
「――見えないのね?」
こちらを睨み上げるように見据える女の子の第一声が、それだった。
まったく意味不明である。問いかけだろうか。
答えに窮していると、またもや女の子はナイフを振りかざした。
「おい、危ないって!」
ようやく発したこちらの注意などは最初から聞く耳持たない様子で、女の子は再びナイフを振るう。
一瞬だけ、反射的に目をつぶるが、やはりそれも杞憂に終わる。
やはり斬ったのは、脅しにもならないような、何もない空間だった。
(何のつもりだ……?)
こちらの反応を窺い、女の子は不遜な瞳で見上げてくる。
いったい、何がしたいのだろうか。
通り魔にしては手際も引き際も悪いし、カツアゲにしたってやり口が変だし堂々とし過ぎてる。正直、意図が掴めなかった。
無言の睨み合いが続いたのも数秒、女の子の方から視線を伏せた。それを機に、こちらから口を開く。
「こ、子供の遊びにしては度が過ぎてるんじゃないか?」
「……」
予想はしていたが、返事がない。
「おい、聞いてんのか? そんなもの、子供が持ち歩いていいものじゃない」
女の子は、指先だけで器用にナイフを回す。それが唯一の反応(と言っていいかもわからないが)だった。
「はぁ……こりゃ、保護者に叱ってもらわないとな。おい、家は近所なのか?」
「あ、ええ」
意外なことに女の子は素直に肯いた。少しは反省してるのかもしれない。
「よし。じゃあ、家まで案内するんだ。たっぷり叱ってもらうからな」
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