君が残した空

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「せっかくの残業無しの日に雨なんてね」 「ほんと」 隣のデスクで同僚がついたため息に思わず賛同してしまう。 今日は服も、靴も、不運にもおろしたてを身につけて来ていたのに。後輩との待ち合わせの日に合わせて、らしくなく少しだけ後輩のファッションに合わせてみた。もちろん、自分らしさは忘れてはいないチョイスだけれど。 「まだ2時間あるし、止む様に祈るしかないわ」 コーヒーを手渡しながら、お互いに苦笑して終業までの健闘を祈った。 「先輩、こっち」 幸運にも雨上がり、待ち合わせて訪れた映画館。 初日だからかもしれないけれど、随分と混雑していて驚かされた。正直、そんな話題作な方ではなかった気がするから。しかも、かなり前の方の指定席だったらしく、映画を見るには不向きだと思うのだけれど、後輩はとても嬉しそうだ。 「かなり良い席ですよ!」 「…前過ぎない?」 「上映の後、舞台挨拶があるんです!」 「え…」 その言葉に、一瞬で身体が強張った。 こんな展開は予想していなかった。確かに、この映画館は舞台挨拶なんかもたまに行われているけれど。それで、こんな前が嬉しいのかと気づく。 テレビや雑誌では、見ない日はないくらい。無意識にチェックしてしまっている自覚は薄々ある。でも、いわゆる生で見るのは…あの日以来。 あの酷い夢が、脳裏をかすめた。 チクリと今も胸を刺す痛み。 「私、生で見るのは久しぶりなんです。最近ライブもあんまり行けてなくて。この距離だったら…結構見えるかなぁ。」 舞台との距離を推し量って。 一通り席の具合を確かめたら、今度は買ったばかりのパンフレットに集中し始めた彼女。 無邪気さは、罪なほど。 私は喜べばいいのか、悲しめばいいのか…分からなくて。 こんなに人かいるんだから、こちらから良く見えたとしてもあちらからはきっと見えないし、見つけられやしない。別に、見つけて欲しいなんて考えても居ないし、今更戻れない。自分から来た訳じゃないと言い訳して、複雑な気持ちで私は席についた。 映画に対する期待と舞台挨拶を待ち望むざわめきの中で、私だけが取り残されたように不安ばかりを抱えたまま、上映を告げる闇に包まれた。
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