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映画のあとは、清々しい気分になっていた。
後輩が行きたがっていたイタリアンの店で語り合っていたら、すっかり遅くなって。久々に良い週末が送れそうだと感じながら、同じく金曜の夜を楽しんだ人で混雑する電車に乗り込んだ。
地元で降りて、帰り道。
夜風が少し冷たいけれど、ワインで程よく酔った頬には心地良かった。
今なら、あの公園に行ける。
あと少し歩けば着くから、酔いと夢を冷ましに立ち寄ろうとして。
…ベンチに先客。
「…どうして…」
「おかえり」
酔いを冷ますには十分過ぎる。
そんな私に向けられたのは、あの頃ここで良く聞いた言葉。家が近くの私に、彼がいつもくれた挨拶。
さっき、思い出にした人が目の前に何故か現れたなんて。都合が良すぎる夢は、逆にタチが悪い。私は、言いたい事が沢山あるような無いような、複雑な気持ちで。言葉がなにひとつ出てこなかった。
「久しぶりやな」
「うん」
大変、目を…見られない。
見たら、泣き出してしまいそうで、私は俯いた。
「…どうして此処に?」
「いや…ちょっと帰ってきてたから」
「そう…」
言いたいことが言葉にならない。
でも、何も言わない方がいいのかもしれない。言い出したら今までの我慢が無意味になる気がした。だから、動けずに。
先に決心したのは、彼の方。
「…なんで泣いたんや?」
「ぇ?」
言われた意味が分からなくて、顔を上げたら、真剣な目で見つめられていた。
「今日、舞台挨拶来とったやろ?…泣いた後の目してたやんか。なんでや?」
「なんで知ってんの?」
「あのくらい前までは顔見えるから」
思わぬ質問と、見られていたことに動揺して。また顔を伏せた。どう応えていいか、分からなくて。昔を思い出して、泣けたなんて言えない。まだ好きだなんて伝えられない。
そんなことを聞くために来てくれたと自惚れたら…ダメ。彼には、新しい人がいるのだと、あんなに週刊誌で取り上げられて、トーク番組でだってつっこまれてるじゃない。
「泣くな」
考えすぎて、応えられない私。
泣き出した自分に気付かないうちに、彼の腕が私を包んだ。
触れたら、もう戻れない。
この温もりが欲しかったんだと、突き放さないといけないものでも、今だけは欲しい。彼の胸に身を寄せたら少しだけ強く抱きしめ返された。静かに泣く私の髪を、撫でてくれる手も覚えている通り。その変わらない様子に涙が止まらなくなった。
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