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1章
夏休みが終わり、いよいよ文化祭までの期間が2ヶ月に迫った時、それは唐突に起こった。僕のクラスに一人の転校生が来たのだ。当然、僕には全く興味を抱かせる動機では無かったが、それは嫌でも目に入った。
いかにも華奢で、自己紹介もしどろもどろになる様な女性だったが、一際目立ったのが美しい長髪と、周りがざわめくのも納得がいく美貌だった。
確かに、こんな美人は今まで見た事が無かったが、僕は早くも花と比べて遥かに劣る、と言い聞かせた。名は襟梨楓(えりなし かえで)と言った。僕は下唇を甘噛みしながら、楓と言う名を頭で反芻した。
事実、彼女にはその名がしっくりくる程美しかったのだが、女性の名前に植物の名前を使う事に僕は抵抗を感じていた。
例えば、親の名前と同じ異性と付き合う様なものだ。その名を呼ぶ毎に、何かしら嫌悪感を持ってしまう。襟梨楓は礼儀正しかった。どんな家庭かは知らないが、立ち振る舞いや口調等は、身長の低さや人見知りしそうな外見をも吹き飛ばす程だ。そんな事をぐるぐると考え込んでいると、不意にある考えが過ぎった。
それは、彼女を石像役にする、というものだった。そしてそれが最も最善である様に思えた。僕は、彼女に話し掛ける何かのきっかけを思い巡らしたが、当然何も接点も無い為、そんな計画は無意味だった。それに、転校生というものは最初はとにかくチヤホヤされるもので、僕の様な性格では、その間に入って彼女に話し掛けようなど出来るはずも無かった。
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