序章「過去より未来へ…」

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元暦2年 源平合戦の終局…京より西国に逃れた平家は、態勢を立て直す間すら与えられずに、源氏によって完全に追い詰められていた。 既に一の谷、屋島において敗退していた彼等に、もはや抗う力など残っていなかった。 3月24日 長門国赤間関 檀之浦海上 海に揺らぐ大きな唐船の中で、少年は尼僧服の老女に抱き抱えられていた。 ‐帝、じきに義経軍が押し寄せて参ります…かくなる上は、我等と共に海の下の都に参るよりありません…‐ 幼い少年は、老女の袈裟にしがみついて震えている。 すると… ボロボロの鎧を纏った武士が、悲痛な表情で少年に歩み寄ってきた。 ‐この知盛、平家の総大将でありながらも力及ばず…申し訳ございません…‐ 平 知盛(たいらの とももり)…平家の最盛期を築いた怪物、平 清盛(たいらの きよもり)の四男にして平家の総司令官だった彼も、今の源氏の前には無力だった… しかし、少年はただ震えてしがみつくばかり。 そんな少年を邪険にすることなく、老女は少年の懐に細長い何かを押し込んだ。 ‐帝、草薙剣(くさなぎのつるぎ)です。貴方を護ってくれる様、私が願いをかけました。どうぞ、お持ち下さい…‐ 少年は、ただ静かにそれを手に握り締めた。 -帝…母上もお聞き下さい……見苦しいものを取り清め給え。これから皆様に、世に珍しき東男をご覧に入れて差し上げましょうぞ- 知盛は悲壮だった顔に微かな微笑を浮かべると、少年の頬を優しく撫でながら呟いていた。そして、堂々とした佇まいで少年のもとから去っていく。 死戦に向かわんとする我が子の後姿を見届けた老女は、やがて数人の女官と共に唐船の甲板に身を乗り出した。 ‐さぁ、参りましょう…海の下の都へ…‐ 少年は、初めて顔を上げた。 ‐海の下の…都…?‐ 老女は、それに気付くと少年の頬を優しく撫でた。 ‐ええ…争いも軋轢も無い、平穏の都に…私達もお供致します…‐ ほんの少し悲し気に微笑むと、老女は少年を抱き抱えたまま甲板から飛び降りた。 ‐幼き安徳の帝に幸あらんことを…そして、平家一門に栄光あれ…‐ やがて、大きな水音と共に少年の意識は闇に落ちていった…
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