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嵐の夜。風は吹き荒れ、暗雲たちこめる空には雷鳴が轟いていた。
だが何もかも不吉の予兆としか思えないその空気も、彼にとっては神が祝福してくれているように思えるらしい。
リーマス・フェルマータ――ファンダル地方の領主であり、有能な魔法使いの一族として古くから名をはせる名家の現当主である。
リーマスは腕を組みながら自室の端から端を何度も往復し、時折足を止めたかと思えば、唸り声をあげた後再び歩き出した。もう何時間もこれを繰り返している。
「リーマス、もう少しじっとしておれんのか」
落ち着きのないリーマスの様子を見かねて、髪の禿げ上がった中年の男が声をかけた。
「父さん、もうすぐ僕の子供が生まれるっていうんだ。落ち着けって言う方が無理だよ」
リーマスがオールバックにしている赤毛を掻きながら抗議をすると、リーマスの父親らしき男が白髪交じりの髭を擦りながら笑った。
「はっはっは。気持はわからんでもないがな。我らが誇り高きフェルマータ家の子供なんだ、心配はいらない。願わくば、男の子だといいがな」
父親はそう言うと、手に持っていた葉巻を口に運び、煙で文字を作り始めた。
"calm down"
(落ち着け)
その様子を見ていたリーマスは深く溜め息をつくと、視線を窓に移した。嵐は止む気配はない。降り続ける雨、目も眩むほどの稲光。それを見てリーマスは再び溜め息をついた。
『嵐の日に生まれる子供は、強大な魔力を持つ運命にある』
フェルマータ家の言い伝えである。もちろんリーマスはそれを完璧に信じているわけではない。嵐の日に子供が生まれた前例があったわけではないし、内容から見ても迷信にしか聞こえない。
だが医者の見立てでは今夜にも生まれそうだと。ならば、迷信かもしれないが、嵐が滞在している間に生れて欲しいと思わずにはいられないのだ。
リーマスはまだかまだかと、再び自室を歩き始めた。
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