新時代

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狂人酢乱という言葉がある。気の触れた者が酢をいくら飲んでも乱れることはないという意味である。 一糸乱れぬ涼しい笑顔も飲酢からとはよく言ったもので、たとえトチ狂う昆虫にさえも、ひとたび酢を服用させれば涼しい笑顔でたちまち人類大虐殺を成し得るのである。所要時間は5秒。 こうして、殺戮の媚薬と言われて久しい酢も、ひと昔前までは、寿司でもご存知のとおり白米に混入されたり、食卓の名脇役として地味ながらもその存在は人類より愛されていたものだ。 これもみな、人間がいたって無欲な酢の意思を無視し、勝手に白飯に混ぜ、満腹などという醜く貪欲な見返りを求めた揚句、やたらめったらにうつつをぬかし続けた代償だ。 散々っぱら酷使され、ひたすら慈愛もなく食欲という情念を満たすためだけに地球人に尽くした調味料たちが果てしなく、そしてとてつもない畏怖が篭った殺人兵器として立ちはだかった今、人類の誇った核兵器などは虚の骸であり、成す術もなく人類絶滅を迎えた。 その頂点が、酢。あのキッチン下の戸棚で時に足蹴にされうなだれていた酢、である。 黒酢ダイエットなどと一部の酢マニアによるクーデターで勝ち得た健康食品が最大の出世だった酢、である。
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