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初恋、だった。
父にも見離され母にも愛されなかった私を唯一抱きしめてくれたのが彼女ー大納言典侍、典侍大(すけだい)だった。
「女房の役目」として、典侍大は私の初夜の相手を務めた。
けれでそれはあくまでも、「私に使える者」としての典侍大の仕事でしかなく、彼女は婚姻が決まっていた。
私もまた、正室を迎えることが決められていた。
けれど私は、9つも上の典侍大を愛していた。
彼女もまた私を慈しんでくれていた。
だから彼女が宮中から去る前日、私は彼女と約束をした。
「そなたが将来、女子を生んだら、私の後宮に入れてくれ」と。
典侍大は笑いながら答えた。
「光る君にでもなったおつもりですか」
「そなたの子を、私の手で育て、愛したいのだ」
典侍大は少しばかり考え込むように俯いた後、顔を上げ、私を優しく見つめた。
「わたくしは、上をお慕いしておりました。その上のたっての希望とあらば、どうして断ることができましょう」
「‥っ」
抑え切れなくなり典侍大を抱きしめると、彼女が優しく私の髪を撫でた。
「上、わたくし、必ずや女の子を産みます。その子を、わたくしの代わりに、どうか生涯、上のお傍に‥」
その声には僅かながら嗚咽が混じっていた。
あぁ、彼女もまた、私との別れを哀しんでくれている。
それだけで私はもう、一生分の愛を得た気がした。
「約束しよう。生涯離さずに面倒をみ、誰よりも慈しみ、愛すると」
こうして私と典侍大の「恋」は終わった。
しばらくして、彼女が懐妊したという知らせを受けた。
性は女。
名は、「吾子(あかこ)」
吾子ー「私の子」という意味である。
典侍大がどういう意図でその名をつけたのか、私には痛いほどよく分かった。
私達の約束が果たされる日は、そう遠くないだろう。
まだ見ぬ吾子よ。
お前は、「私の子」だ。
生涯離さずに、面倒を見、そして愛しぬこう。
吾子よ。
早く、私の傍へ、来るがいい。
それは上ー後深草院15歳、吾子0歳、典侍大24歳の時の話であった。
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