始まり。

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始まり。

帰り際、彼が名刺を渡してきた。 『また来てね。今度は1人でね』 玲子とアタシは店を出た。 『チビ迎えに行かなきゃいけないから愛子ちゃんまた明日ね』 玲子には3歳の娘がいる。 不倫の果てに出来た子だ。 不倫相手は本妻とは別れず手切れ金として五百萬を渡し玲子の元を去った。 玲子からしてみたら五百萬なんてはした金に過ぎない。 だけど、玲子はひとつのけじめとして受け取ったのだと云う。 玲子はタクシーに乗り、夜間保育園へ向かった。 そしてアタシは、さっきもらった名刺を出し彼の携帯に電話を掛けた。 『はい。もしもし?』 彼の声だ。 全身に電気が走った。 『愛子です。電話してごめんなさい。今からお店行こうかな。1人だから。』 店を出て約10分。 アタシの辞書には、守りなんて言葉はない。攻めあるのみ。 果報は寝て待てなんて信じないの。 思い立ったら吉日。これしかないの。 『今日はもう店閉めるから、良かったらどこかドライブ行く?』 ほらね。 やっぱり。 『そしたらお店の前で待ってるわ』 電話を切ってアタシはコンパクトを開いた。 唇に薄い紅を引く。その上にグロスを乗せた。 しばらくすると、 チェロキーがあたしの前に止まり、 ウィンドウが開いた。 『愛子ちゃんおまたせ』 あたしは自然と口角が上がる。 車に乗り、世間話や身の上話などをした。 アタシにしたらそんな話はどうでも良かった。 とにかく言いたくて言いたくて我慢ができなくなった。 そして少し沈黙が続いたあと 『ねぇ。今日会ったばかりの人に言うのはオカシイかもね。だけどね、アタシと付き合ってほしいの』 すると彼は、 『俺、結婚してるよ。離婚はしないよ。それでもいい?』 『構わない。マスターの家庭を壊す事はしないわ。ただあなたを一瞬で愛してしまったの。だから傍においてほしいだけ』 車が人気のない道に入る。 その瞬間、アタシから彼にキスをした。 彼は慌てもせず、慣れた手つきであたしの唇を舌で愛撫した。 シートを倒し、 彼の口はアタシの耳を責めた。 右手はアタシの服の中へスルリと入り込んだ。 『どうなっても知らないよ?いいの?』 アタシは吐息混じりに答えた。 『どうなっても構わないわ……覚悟はできてるの。』 車内の窓は吐息で曇り、 2人だけの時間がゆっくり流れた。 そして悪魔の契約をその夜から結んだのだ。
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