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「……………」
私はしばらく、息を切らす兄の姿を唖然と見ていた。
何か声をかけたいが、私はもうしゃべり方を覚えていない。
声を出そうにも、出てこない。
「零、ごめん…ごめんな。もっと早く、お前を助けてやりたかったんだけど…」
兄は、私を見上げながら謝罪を繰り返す。
私に手を伸ばそうとしたが、友人に体を押さえられているためうまく動けないようだ。
まぁ、友人の判断は正しかったようだけれど。
兄が私に触れた瞬間、恐らく私の死刑台を囲む5人ほどの兵士から、鉛の雨を浴びることになるだろうから。
今は、銃口を向けてはいるが、先ほど演説をした上官らしき男の命令で、この茶番劇を見守ってくれている。
「零…あの時、お前の代わりに俺が行けば良かったんだ。俺はなにもできなかったんだ……兵士にならなければならないなんて、ただの言い訳だ…俺は、逃げたんだ……」
謝罪を繰り返す兄。
声を出せない私は、静かに兄を見下ろす。
兵士は相変わらず銃口を向け、引き金に手をかけている。
上官はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて見ている。
「零…母さん、死んだんだ。お前がつれて行かれた後、日に日に狂っていって…俺が少し家を空けている間に、弟と一緒に逝っちまったんだ…。」
あの人…私のことをすんなり突き出したから、案外平気なのかと思った。
発狂するほど、辛かったのだろうか。
あんなに愛していた弟まで連れて行くほど、辛かったのだろうか。
「零、俺は誰も守れなかった。家族みんな、喪いたくないんだ。だからせめて、お前だけは……零だけは助けたいんだ。
零、俺がお前の代わりになる。」
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