幸福

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もうどのくらい、太陽を拝んでいないのだろう。 ここにある光は裸電球の頼りない光だけ。 それに寒い…。 季節的に、そろそろ冬になるのではないだろうか。 ここにいると、時間の流れも分かりにくい。 囚人は食事の時間で時間を把握するしかないのだ。 死刑囚はたまに食事すらも与えられないこともあるが。 死ぬ人間に与えるほどの食べ物などないのだろう。 奴らは私たちを人間だなんて思っていない。 虫けら以下だと思っているだろう。 「……………」 対話をする相手がいないと、人の舌というものは退化するらしい。 私はきっともう言葉を発することはできないはずである。 声の出し方を、覚えていないのだ。 なぜ…いや、"なぜ"という疑問すらもう無駄だろう。 そもそも私自身は罪など犯していない。 父が…お国に刃向かったのだ。 大逆罪で捕まるところだったが、うまく逃亡した。 しかしそれでお国のお偉いさん方の気が鎮まるはずもなく、見せしめとして肉親を差し出せと言ってきた。 母は……迷わず私を突き出した。 母は小さな弟を残して死ぬわけにはいかず、兄はお国のために兵士となって戦う。 消去法で、必然的に、私になるわけだ。 なんて、理不尽で愉快で滑稽な話だ。 こんな時代に生まれたから、女に生まれたから… そんな理由で一夜にして冷たい檻の中。 まぁ、今更そんなことを思い出して、どうなるわけでもないのだけれど。 死というものは、いったいどんなものだろうな。 うっすら笑みを浮かべて、足下に転がった虫の死骸を眺めた。  
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