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私の部屋の中に、普段からは到底聞くことの出来ないリズミカルな包丁の音が鳴っている。
さすが毎日やっているだけあって、手際が物凄く良い。
初めての家で、しかも勝手の分からないキッチンなのに…って見惚れている場合じゃなかったよ。
手際が良すぎて止める
暇もない。
「詩子さん、ずっと気になっていたんですけど…」
ドキッ!
言い出すチャンスを伺い、ソワソワとしていたら声をかけられた。
相変わらず八住の手は忙しく動いてて、話しかけているのに止まる気配はない。
「な、なに?」
「カレーライス嫌いでしょ?」
「ぇえ…?」
顔が引きつっているのが
分かる。
笑っているけど、絶対笑ってないように見えているはず。
「……やっぱり、食べられないんだ。どうしようかな、コレ」
八住がやっと私を見たと思ったら、凄く残念そうな顔をしたものだから、思わず……
「ううんっ!食べられるよ!食べられる、けど…」
――って言ってしまったのだ。
困らせたくない、喜んで欲しいという気持ちが、自分で自分を追い込んでいっている。
「無理しなくていいですよ。まだ、変更が可能な状態ですし……詩子さんは、どうしてカレーライスが嫌いなんですか?」
「どうしてって…」
何だろう?そういえば
明確な理由が思い出せない。
確かに、私は嫌いで食べてこなかったのだけれど、何故か分からない。
理由なんかあったのだろうか。
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