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「───ま、」
「──さま、」
「隆斗様?」
肩を揺さぶられ、顔を上げる。その先にはシズネの僅かに心配そうな顔と、俺の住むマンションの部屋の扉があった。どうやら考え事をしてる間に家に着いたようだ。
「隆斗様…差し出がましいのかも知れませんが、今日のところは早めにお休みになられ、明日の探索は中断すべきです」
「なんでだ? 今日の戦いで新たな敵が来てると分かっただろ、それなのに休んでいたら後手に回って、不利になるだけだ」
「ですが…、先日"盲目の千人長"ワルター ハーネストとその従者、"死灰"のレクス ルーベンスを倒したばかりです。断罪の聖釘(せいてい)の構成員を把握できていない現状では闇雲に探索していても、いたずらに体力を消耗し、なお不利な状況に追い込まれるだけです。ならば、体調を万全に戻し、迎え討つのが最良の選択では無いでしょうか」
…シズネの言う事はもっともだ。確かに俺は先日の戦いで重傷を負い、シズネの使う高等な治癒魔術が無ければ死んでいた。
断罪の聖釘
霧叢一族に恨みを持つ者が結成した一団。俺を殺す事を目的とし、先程シズネが言っていた"盲目の千人長"ワルター ハーネストと"死灰"のレクス ルーベンスという奴らはその構成員で、幹部だ。
シズネは余程俺の体が気掛かりなのか、無表情な顔に、眼だけ懇願の意思を込めて俺を見つめてくる。
だが、俺は別に不調ではないし、シズネの呼び掛けにすぐ応えられなかったのも考え事をしていたからだ。
「隆斗様、お願いですからご自愛下さい」
無表情な筈なのに今にも泣きそうに見えるシズネの顔、それを見ていると無下にした時にとてつもない罪悪感を感じてしまいそうだ。
…チッ、この顔には逆らえないか…。
結局、俺はシズネの頭に乱暴に手を乗せ、
「…気が向いたらな」
としか言えなかった。
「ありがとうございます、隆斗様」
本気で感謝の念を込められた言葉に俺はもう一度だけ舌打ちをした。
…明日はオフになったな。
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