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息を吸い込むと、冷えた空気が喉から肺に入り込んでくる。
反対に息を吐くと、それは白く変化し、雪のひとひらの中へと溶け込んだ。
車のドアを開け、辺りを見回すと、東京の街がクリスマスムードで、キラキラと多彩なイルミネーションで夜を飾っている。
黒い艶のある髪に、白い雪がはらはらと幾重にも落ちてくる。
「雪…か」
ブラックのポールスミス製のスーツ、その上に同色のアクアスキュータムのトレンチコートとカシミアの白いマフラーを綺麗に着こなしたキルは、ゆっくりと空を見上げ、何気ない仕草で手に持っていた傘を広げる。
すると、通り過ぎてゆくカップルや親子連れが、チラチラとキルに目を向ける。
キル自身は気づかないが、スーツの中の黒い綿シャツから覗く白く細い首や、しなやかな手足のシルエット、なにより妖艶な美貌は、見る者の心を牽きつけた。
「……」
頬を赤く染め熱い視線を送る女性も中に何人かいたが、キルはそんな視線に気づくこともなく、素早くBMWの車にオートロックを掛け、足早に目的地へ向かう。
途中、楽しそうに男女のカップルが次々とすれ違い、キルの鼓動が小さく跳ねる。
羨ましい、とは決して口には出さないが。
それでも。
タブーを抱いている自分に、この街の光景はひどく残酷に見えてしまって。
視界が白く霞む程に降ってきた雪に、キルは少し安堵した。
本当の自分を雪が包み隠してくれているような、そんな気がしたから。
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