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「ごめん。キルが可愛いからつい…、でも、物足りないなぁ」
飄々と言いながらダイはニッコリと笑い、何事もなかったように立ち上がる。
その言葉の意味に、キルの顔は更に紅く染まり、鼓動が速く脈打つ。
「誰かに見られたら…っ」
辺りをキョロキョロと見回し、こちらに視線がない事にキルはホッとする。反対にダイは辺りを気にする事なく、ふっと笑い、
「僕は見られても、全然ヘーキ。むしろ見せたいし、キルは僕の恋人だって自慢したいし、そうだ!来年の朝礼で言ってもいいかも」
キルの心とは裏腹に、ダイは平然と語る。
「…それは絶対に止めて下さい」
万が一にもない事だが、ダイのやる事は予測がつかない時がある。
去年のクリスマスは会議中に散々な目に合い、大変な思いをしたのはまだ記憶に新しい。
「じゃあ、手」
そう言うと、ダイはキルの前に自分の手を差し出す。
「手ぐらい、握らせて」
まるで子どものような甘えの申し出に、キルはクス…と笑い、手ぐらいならと甘んじて、ダイの手を握りしめる。
20歳という若き存在でありながら、大手音楽会社の社長であるダイだが、彼の乗り越えて来た道はまさに波瀾万丈だ。
ダイが5歳、キルが10歳の時。
大人の身勝手な環境で作り上げられた出逢いではあったが、互いに孤独を感じていたのはすぐに分かった。
それは、運命とも言うべき始まりでもあった。
「ラッキー!」
たかだか手を繋ぐだけの事に嬉しそうに微笑むダイを見て、さっきまで残酷と思えた光景が、不思議と心地良く感じられた。
「社長、あの、駐車場とは反対ですが?」
会社側へ向かうダイに、キルはクエスチョンマークを浮かばせる。
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