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珍しく殊勝な様子で頷いた華乃に、土方は内心ギクリとした。
おかしい。いつもなら嫌味が倍になって返ってくる筈なのに。
「お、小倉?や、真に受けるなよ?今のは冗談だからな?」
「は?何がです?貴方の存在がですか?」
「っ…オメェなんか早く行っちまえぇぇえ!!」
やはりこいつは心配するだけ無駄だと、改めて思い知った土方であった。
「何怒ってたんだあの人?」
訳も分からず部屋を追い出された華乃は、首を傾げながら千津の元へと向かっていた。
一人で自分を待つ彼女を案じ、自然と早足になる。――それがいけなかった。
玄関へと向かう曲がり角に差し掛かった瞬間、突然現れた壁に勢いよくぶつかってしまった。
柔らかい壁は多分隊士の誰かだろう。持ち前の反射神経で尻餅はつかずに済んだものの、大きくバランスを崩した華乃はたたらを踏みながら数歩退がった。
今のは完全に自分の失態であったと、華乃が詫びの言葉を口にする前よりも早く、相手からの声が掛かる。
「悪いっ、ぼーっとしてて、大丈夫……か?」
「………」
「………」
「………」
――ダッ!
「っ…待て!」
脱兎の如く逃げ出そうとした華乃の腕を、寸でで捉える永倉。
永倉から逃れようとしばらく抵抗してた華乃も、好きな人相手に実力行使(またの名を急所蹴り)に移す訳にもいかず、諦めて大人しくなった。
「華乃……」
名を呼んだ瞬間、ビクリと身を固くした彼女に、永倉は傷ついた表情を見せた。
「昨日は…突然悪かった」
掴んでいた彼女の腕を解きながら、静かに言葉を紡ぐ。
「応えなくていい、忘れてくれてもいいから」
だから、と、彼は続けた。
「頼むから、俺を避けないでくれ。避けられるのが……一番辛い」
華乃はハッとすると、次いで永倉の顔を見つめた。しばらく見つめ合い、ポツリと呟く。
「……いいんですか?」
「え?」
「今までみたいに…話しかけても……」
避けられるのを恐れていたのは己の方だ。それならば、いっそ先にと思っていた。
けれどもし許されるのなら…
「……側にいても……いいんですか…?」
恐る恐る訊いてきた彼女に、永倉は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「当たり前だ」
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