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そして二人は、千津に気づかれないようひそひそと会話した。
『ちょ、ちょっと永倉さん、彼女の言ってる人って本当に総司さんですか!?えらく美化されてません!?』
『美化ってゆーか、もう既に別人だな。そもそもあいつは自分を俺なんて言わねぇし』
『は!もしかして、寝ている間に夢と現実をごっちゃにしちゃったんでしょうか?』
『……ありうるな』
お世辞にも紳士とは言い難い普段の沖田の姿を思い浮かべ、二人はげんなりと溜め息を吐く。
「ん?二人ともどないしたん?」
「「なんでもない」」
「でも、なんか顔色が……」
「「気のせい(だ・です)」」
乙女の夢は壊さないでおこうと心に誓う二人であった。
(でもそうか……)
その時、華乃はふと思った。もう彼女は永倉さんを好きではなくなったのか、と。
「………」
「華乃?どうした?何か嬉しいことでもあったのか?」
俯いてはにかむ華乃を訝しんで声を掛ける永倉。すると華乃はパッと顔を上げ、にっこりと無邪気な笑みを彼に向けた。
そして爆弾発言を投下。
「ええ、貴方を独り占めできるようになって嬉しいんです」
――ピシリ。
永倉は石となった。
「ええっと……永倉さん?」
自分の問題発言に気づかない華乃は、固まる永倉の顔を覗き込もうとしたが、その瞬間、ガシリと顔を鷲掴みされた。
「うわっ」
「…………見んな」
「いやちょっと首!首が痛いんですけど!」
「お前、それ天然か?それともわざとか?」
「はい?」
両手を使って永倉の手を引き剥がした華乃は、訳が分からず首を傾げた。なぜならば、目の前の彼が頭を抱えていたからだ。
「ど、どうしたんです?頭でも痛いんですか?」
「………いや、分かってる。どうせ深い意味はないんだろ……分かってるんだ……分かってるんだが……」
「な、永倉さん…?」
先程からブツブツと何やら唱えてる永倉に、華乃はますます疑念を抱く。
もしかして千津が原因なのだろうかと振り返った華乃は、そこでカッと目を見開いた。
「って、あー!お千津さんがいない!!」
あの無駄に行動力溢れる少女のことだ。きっと沖田の部屋へと向かったのだろう。
「私連れ戻してきます!」
言うが早く駆け出した華乃を余所に、永倉はまだ先程の衝撃から立ち直れないでいた。
そしてこの様子を、密かに見ていた山崎が思わず涙を拭ったのは、また別のお話である。
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