贈碧ノ刻

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はじまりは、一本の電話からだった。 いつもどうりの午後が、 この後も永遠に続いていくものだと心のすみで思っていた。 いつも、そう思っていたと思う。 あの日、 この両指からこぼれ落ちた全ての在りし日々は、目の前からはっきりと崩れていくのがわかった。 1月30日 いつもどうりの午後は、オレより少し早目に起きた彼女のせわしない物音からはじまった。 洗面所で仕事に行く準備をはじめていた彼女は、この日で仕事おさめ。 1年半勤めた職場を笑顔で退職するはずだった。 オレは、 前日の夜から彼女への餞の言葉や行われるであろう送別会での事、今まで一緒に仕事をしてきた1年半の思いを振り返り、または今後の事などを想像してみたりしていた。 そう、想像していた。 洗面所の方からは、相変わらずガチャガチャと準備に奮闘する彼女らしい一連の音が聞こえていた。 その時オレはまだ、布団の中でまどろんでいた。 いつもどうりの午後に、まどろんでいた。
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