贈碧ノ刻

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いつもどうりの午後が一変する。 いつもどうりの日射し。 いつもどうりの出勤前。 いつもどうりの、この部屋の中。 ざらついた予感が具現化する様に、無機質なドアチャイムが鳴り響く。 ドア越しに立つ男性2人。 全てのはじまりを象徴する2人。 男達は警察だと名乗った。 ドアを開けるオレに、警察証を見せ矢継ぎ早に用件を告げる。 何を言っているか理解出来なかった。 オレは陰に呑み込まれた。 崩壊した心が体がアタマが魂が、オレの生きてきた全てが消失する。 火花が散る。 もう、この午後が永遠に来る事がないコトを、本能で悟る。 「お母さんが亡くなったのは知ってるか?」 「お父さんの行方が分からなくなっている」 シンプルすぎた。 オレが理解出来た言葉は、あまりにもシンプルだった。 オレはその場に座りこむ。 動かぬ頭で、「言葉」を整理する。 ほんの、2,3秒。 30余りの人生は、華やいだ過去に変わる。 4秒。 体は動く事さえ忘れさる。 ただ目の前には、使い古された白いスニーカーだけが見えた。
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