清福Cadenza

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  「本当に待っててくれたんだ」 私は鉄製の扉を閉めながら言う。ゆっくりと慎重に、言葉のひとつひとつを噛み締めながら。 和也は低音で、でも小さな声量でもちろんだ、と対応する。 その、照れたような表情がすごく可愛くて、溢れかけた独占欲を強引に押さえ込んだ。 同時に、ひどく心地好い感覚が沸き上がる。他の男では微塵も感じ得なかった不思議な温かさ。 「和也がメールくれたの、初めてじゃない?」 和也は頬を掻きながら頷く。 その時にふと見えた目は、まるで泣いた後みたいに、赤く腫れている気がした。 衝動が駆け巡る。 「メール待ってたんだよ」 いつものように籠絡する。 他の男のようにかどかわす。 言葉の端々に最大限の魔性を編んで、緩やかに絡め取っていく。 私は笑顔の仮面を被った。 にやりと口端が吊り上がる。嘘で塗り固めた妖艶が形づくる顔。 幾人を堕としてきた表情。 瞬間。 和也の顔が急に険しくなる。 それまでの照れたような気色は一切消えて、まるで威嚇するような鋭い目付きへと変わった。 まるで全てを見透かされているような気がして、更に仮面を被る。 色濃く投影された紛い物の愛。 ――あぁなんて。 なんて醜い。なんて汚い。 心の奥底で私自身が私に嫌悪して泣いている。これ以上壊れないでと泣き叫んで懇願している。 こんな自分は――嫌だ。 誰か私を愛して欲しい。 誰か私の心を満たして欲しい。 雪みたいに淡くて、儚くていい。 そんな綺麗な愛が欲しい。 ゆっくり、ゆっくり。 教室の冷えた空気を裂きながら、私は少しずつ歩を進める。 「ずっと待ってたんだからね」 会話を続けながら距離を詰める。普段とはまるで違う和也の眼光に気圧されながらも私は歩く。 もう後には引けない。 ――そんな目で私を見ないで。 どうして他の男みたいに私のものにならないのよ。私と一緒に壊れてよ。こんなに狂った私がすごく――惨めじゃない。 和也の眼前に立つ。 彼の身長は高くて見上げる格好。 溢れそうになる涙をぐっと堪えて脆くなった仮面を再び付ける。 「だって」 止めて。 衷心の私が訴願する。 その言葉を軽々しく使わないで。 奥底の私が切願する。 私が望んだのは、もっと温かくて綺麗な――愛なのに。 「私は和也のことを愛し――」 「もう止めろよ」
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