264人が本棚に入れています
本棚に追加
言葉が遮断された刹那。
私の視界が暗転する。
「もう止めろ」
突然のことに私の頭は正確に回らず、少し経ってから和也に抱きしめられているのだと解った。
頭が真っ白になる。
――なんで?
そう思っても答えは出るはずもなく、ただ、密着する和也の体温が私に伝わってくるだけで。
それまで味わったことのない、優しく包み込むような抱擁。
「止めて……っ」
それまでの男は皆、私が誘えば力付くでそれを奪って貪った。
そこに私の意志などなく、私の安否などお構い無しで、皆は己の欲望のままにした。
和也も同じだと。
私と一緒に堕ちていくのもだろうと思っていたのに――。
「離してよ……っ」
なんで堕ちない。
他の男のように狂わない。
怖い。怖い。
これ以上、この男に関われば、今よりも壊れてしまいそうで。
得体の知れない何かが、私の心の中に侵入して満ち広がっていく。
温かい感覚がした。
先から精一杯に和也を引き離そうとしても、強い彼の腕力は私の力が介入することを許さない。
離して、半ば叫びながら和也の胸を何度も叩く。必死に必死に。
「一体アンタに何が分かるのよ! 全部なくして、空っぽになった心に何を入れればいいのよ!」
息継ぎする間すらも惜しんで、私は矢継ぎ早に言葉を吐く。
喉の奥から、心の奥底から、私は唸るように叫ぶ。
「私だって壊れたくない! 私がしてきたことが間違ってるなんて分かってても、偽物でもいいから愛が欲しかった!」
誰か私を愛して欲しい。
誰か私の心を満たして欲しい。
雪みたいに淡くて、儚くていいから――綺麗な愛が欲しい。
「誰か私を――」
「俺が愛してやる」
凛とした和也の声が教室に響く。
私の思考の一切が止まった。
「俺が全部を愛すから。他の男みたいな愛じゃない。ふたりで紡いで繋ぐ――本物の愛を――ふたりで作っていこう」
私は和也の胸を叩き続ける。
嗚咽のせいで、もう声が出ない。
温かな涙が目尻から流れていく。
経験したことのない、不思議な感覚に私は満たされていた。
「沙由美。愛してる」
その二言は、まるで弾丸のように鋭く私の胸を射て貫いた。
最初のコメントを投稿しよう!