惑乱Cavatina

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  ――愛なんか、雪と同じ。 膝下まである雪を掻き分けながら私は足早にバス停へ向かう。 多量の雪が革靴の中へ侵入したせいで冷たさは限度を越え、爪先がぴりぴりと痺れるように痛い。 しかし、そんな僅かな痛みなど私の空虚な心が抱える侘しさと比べてしまえば、何の苦痛にさえ感じなかった。 白銀の積雪が朝日を反射させる。 きらきらと輝く銀世界は、私が生きていくにはひどく綺麗で、そして眩しすぎた。 愛なんか――。 下らないほどに淡く、どうしようもないほどに馬鹿げている。 最初は気高く、清く、美しく。 穢れなんか何一つないくらい純白に煌めいていて、永久に続けばいいなんて錯覚して。 次第に積もって、満たされて。 緩々と時間を経て、僅かに確かに音もなく、破滅へと歩み出し。 溶けた斑雪は人々に足蹴にされてただただ醜悪に消えていく。 見向きもされない汚れきった姿で決して昔のように戻ることなく。 なんて儚い想い。 それでも私は憧れた。 私が知る愛のカタチは――きっと愛と呼べるものですらない。 限りない自己満足。 果てしない自己陶酔。 相手から全てを略奪し、私からは付与することもなく、ただ己が満たされてることのみだけで。 世界は恐ろしく静かだ。 降り積もった雪が一切の音を吸収し、亡失させていく。 このだだっ広い空間の音源は私しかいなくて、世界には私しかいない感覚に陥った。 朝の冷え冷えとした空気が、無意義で空っぽな私の心に凍みる。 空虚な私の心には、愛と号せないような塵芥が郡舞していた。 なんて息苦しい。 なんて生き苦しい。 ……どうしてだろう。 いつから私は、こんなにも狂ってしまったのだろうか。 これまでを精一杯に生きてきたはずなのに。 誰か私を見て欲しい。 本当の私を抱きしめて欲しい。 私から略奪するだけの一方的な愛じゃなく、ふたりでだらだらと分け合いたい。 嫌だと思いながら、それを拒絶出来ない自分の弱さが憎かった。 本当の愛を享受したくて、でもぬるま湯に浸っているのは楽だったから。 どうして私は。 ――壊れてしまったのか。 見上げると、澄んだ蒼穹にぽっかりと純白の下弦が浮かんでいる。 まるで雪の白を投影したような美しく透明な色。 なんだかすごく嫌な予感がして、私は更に歩みを急ぐ。 まるで運命が全て捻じ曲がってしまうような、そんな――。
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