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君に逢うまで、恋や愛なんか経験したことなんかなくて。
誰かのことを考えるだけで、こんなにも胸が昂ぶるなんて小説や映画だけの出来事だと思っていた。
絵空事だと決め付けていた。
でも、隠すことなく、紛うことなく俺は――君に惹かれていて。
どうしようもないくらいに。
俺は君に恋をしている。
君の座席は俺の隣で、しかし君はメールのことには一切触れず、いつもみたいな互いに不干渉の日常が始まった。
君はなんだか楽しそうだった。
これまでで見たことのないような明るく屈託ない表情をしていた。
そこに、仮面はなかった。
偽りを纏わない君は息を呑むほどに綺麗で、更に虜になると同時に言い知れぬ淋しさに襲われる。
何だか酷い虚無感が支配する。
俺が護る前に、君は誰かに救われていたような気がして。
無気力が俺を覆った。
しかし次の授業になると、君が誰にも悟られぬように声を殺して泣いている姿を見た。
君は感情が籠もっていない人形がみたいで、それはいつもみたいな光景だった。
それでも、意気地なしで弱虫の俺は君がこっそり泣いている横顔を見ているしか出来なかった。
優しい声をかけることも、君を護る行動を取ることも出来ない。こんな自分が嫌になった。
放課後になると、クリスマスのせいなのかは判らないが、教室には誰の姿もなかった。
人口密度が下がったせいで急速に室温は下がり、教室の中でも吐く息は白くなった。
やはり君は来てくれないんだろうか、なんて考えが浮かぶ。
窓の外は雪が舞っていて、その粉雪の中、一組のカップルが仲良さそうにしているのが見えた。
微笑ましくて、羨ましい光景。
視界が滲む。
君の力になる資格さえ俺にはないんだ、と思い知らされた。
想うだけで、行動に移すことも出来ない臆病者の俺には相応しい。
俺の頬を涙が撫でた。
君は今頃何をしているんだろう。誰と共に過ごしているんだろう。
君と一緒にいたいだなんて、俺には過ぎた願いだったのか。
俺は――俺は。
きっと君を護るために――。
一方的だとは解っている。
盲愛だとは理解している。
それでも、俺は。
君を護るため――ここにいる。
鉄と鉄が擦過する音。
静かに開いた扉の向こう。
君が立っている。
運命が歪んだ。
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