偽りの日々。

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 そして、その男の顔をマジマジと見た真琴は、瞬時に顔を青ざめてしまった。  頭の奥で封印した記憶の扉が開いた音が聞こえる。 「やっぱり!沢海じゃないか!覚えているか?」 「宮原先輩?」 (やっぱり、先輩だ。忘れるわけがない!)  真琴の目の前に現れたスーツ姿の男は、真琴が十六歳の秋まで通っていた高校の二学年先輩であり、真琴が所属していた文芸部の先輩でもある宮原一輝だ。  瞬時に十六歳の学園祭の夜に誓った時の記憶が脳裏に甦る。  一輝への想いを糧に生きていこうと決意するほど、どんなに彼を好きだったか。  どんなに離れたくなかったか。  忘れられるわけがない。  顔を青ざめている真琴を無視して、一輝は屈託のない笑顔を彼に向けた。  昔と変わらない彼の笑顔に、真琴の気持ちは十六歳の頃に戻ってしまう。  それだけは絶対に避けたかった。  現在、真琴は要の愛人なのだ。  成人になった真琴は要に『恩義』という言葉で縛られている。  彼がいなければ、現在の真琴が存在しない。  そして、彼の愛人になったことで全てを諦めているのだ。  十六歳のあの夜に、一輝への想いと共に『自分』を封印した真琴にとって、彼と再会できる立場ではないと、今でも思い込んでいる。  十一年前と変わらない一輝を目の前にして、真琴は岩のように固まったまま立っていた。  どう声をかけたらいいのか迷っていると、若い男性が一輝に腕を組みながら真琴の事を尋ねた。 「いっちゃん、この人・・知っているの?」 「ああ。高校の後輩。」 「へえ、いっちゃんの後輩なんだ・・・。」 「こいつはこの古本屋の店主で幼馴染みの八重垣徹也。一応、作家の卵なんだ。」 「卵じゃないよ!去年、新人賞を取って作家になったんだ!」
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