偽りの日々。

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「それでは二十時に二名で予約をお願いします。」  予約の時間を再度確認し、木佐貫真琴は携帯電話の電源を切った。  片手には茶色い皮であしらった手帳が開いており、中身は黒いボールペンで記入した文字で埋まっている。  携帯電話をポケットに入れ、手帳を閉じると真琴はフウッと一息付く。  今年で二十七歳になった真琴は五年前、養父である木佐貫要の秘書になってから毎日が多忙であった。  十一年前に両親を交通事故で亡くした真琴は未成年で、彼を引き取ってくれる親戚は誰一人いなかった。  葬儀の席で真琴の前に亡くなった父の弟だと言って現れたのが、現在の養父である要だ。  両親からは『お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、親戚もいないんだ。』と教えられていた真琴にとって、突然現れた要の存在は驚きであった。  要の話によると両親は駆落ち婚で、父親には決まった婚約者がいたのだ。  ある日、父親は婚約者から彼女の友人として母親を紹介され、次第に意気投合してしまい恋に落ちた。  家のために婚約者と結婚の日程を進めていた父親に、母親は真琴を妊娠したことを告げると、二人は全てを捨てて駆落ちしたのだ。  それを知った父親の両親と婚約者の両親は激怒し、父親は勘当された。  一方、母親の両親は既に他界し、兄弟もいなかったため、亡くなった両親の兄弟関係とは一切連絡を取っていなかった。  二人は一から貧しい生活を送ることになったのだ。  それでも二人は幸せだった。  真琴という愛の結晶が生まれ、今まで裕福に暮らしていた生活が一変にして厳しい生活になっても、家族三人幸せに暮らしていた。  真琴が五歳の時、父親は友人と共同経営という形で小さな会社を興した。  会社は業績を伸ばしていき、軌道が上手く乗っていた矢先のことだった。  夫婦水入らずの旅行に行っていた両親は、その帰り道に飲酒運転のトラックと正面衝突事故を起こし、二人はそのまま意識を回復することもなく、死んでしまった。
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