偽りの日々。

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 家財ごと売却することになっていたため、真琴の荷物は少なかった。  かさ張る荷物だけを先に送り、真琴は十六年間住んでいたこの地の最後の思い出として、学園祭を満喫した。  フィナーレで行われたキャンプファイヤーの真っ赤な炎を見つめながら、真琴は涙した。  (明日から俺はこの土地から離れて生きていくんだ。)  愛人として生きていくことを望んでいたわけではない。  ただ、独りになるのが嫌だった。  真琴は涙を流しながら、遠くに見える人影に別れを告げると、その場から去ったのである。 (あれから十一年か。早いようで短いもんだな。)    今更のように後悔しても遅いと思いながら、次のスケジュールを確認して行動を開始した。  要の愛人をしながら二年間高校に通い、四年制大学に通いながら秘書検定の資格を取得した。  大学卒業後は一年の社内研修を受け、社長である要の秘書になることが決まっていた。  一年の研修を終えて、社内のノウハウを覚えた真琴は以来、要の秘書として現在に至っている。  そして今日も、取引先との食事会があるため、レストランに予約の確認を取っていたのである。  ちなみに、取引先とは要の元妻である。  要は真琴を引き取った数年後、冷え切っていた関係を清算するために離婚をした。  要夫婦の間には二人の男女の子供がいたが、戸籍上では息子の親権は要で、娘の親権は妻になっている。  現在は二人の子供は独立しているものの、妻に関しては離婚してからもビジネスの相手として度々会っている。  月に一度、元妻との会食があるため、その度に要から連絡を受けると真琴は御用達にしている高級レストランに予約を入れておくのだ。  既に要にはメールで予約が取れた旨を連絡し、後は明日のスケジュールの確認と取引先のアポイトメントの確認をするだけ。  これで真琴の本日の仕事は完了となる。  このままマンションに戻っても、やることがない真琴は携帯電話の画面を開き、時間を確認した。  時刻はまだ七時を過ぎたばかりである。  いくら時間が空いたからと、真直ぐマンションに戻る気にもなれない。
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