偽りの日々。

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 それならと真琴は、ふと目に入った本屋に足を運んだ。  昔から読書が好きで時間の合間を見てはよく本を読んでいたのだが、要の愛人になってからは本を読むことが少なくなっていった。  むしろ、経営に関わる書籍や秘書検定対策の書籍しか目を通していないので、いい加減にエッセイやサスペンス、恋愛系といった本が読みたくてうずうずしているのだ。  一応、要を待っている時は文庫を片手にしているのだが、集中してしまうと周りが見えなくなってしまうため、秘書業に支障が出てしまう。  初めの頃、それで何度も要に叱られたことがあったので、今は読んでいない。  入った本屋はどうやら古本屋さんで、透明なカバーで包装している本が実際の金額よりも安い値段で置いてある。  並んでいる本の中には真琴も愛読していた作品が何作か置いてあるのを見て、思わず笑みを浮かべてしまった。 (俺、本当は書籍に関わる仕事に就きたかったんだよなあ。)  高校二年間は必死に勉強していたために本を読むことはなかったが、大学四年間は経済学を専攻しながらも、文学部のゼミや文学系のサークルにも参加していたので、毎日が大好きな本に囲まれ、本について語り合う友人もいて充実な大学生活を送ることが出来た。 (もう、夢が叶うことはないんだ・・・・。)  一人、落ち込んでいると奥の方から店主らしき若い男性が声を掛けてきた。 「何かお探しですか?」 「いえ、特に・・・。」  思わず真琴は言葉を止めてしまった。  自分に声を掛けてきた若い男性のはだけた服の胸元には無数のキスマークが散乱しているのだ。  どうやら真琴が店に入ってくる寸前まで、していたようだ。  まずいところに来てしまったと思い、真琴は帰ろうと踵を返すと、背後から声を掛けられたのである。 「あれ?もしかして・・・・沢海真琴か?」 「えっ?」  不意に呼び止めら、真琴は背後を振り返った。  店主と思われる若い男性の後ろからきっちりとしたスーツ姿の男が姿を現したのだ。
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