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花も団子も
(一)
「ああ…ちくしょう…。」
春と云うのに肌寒い昼下がり。同心、石田弥平はどこをとも考えない見廻りをぶらぶらとつづけていたが、こうも寒いといけない、ふと立ち寄った蕎麦屋でくろいやつを啜っていた。薬味は茗荷だけの、太い粗打ちのそばに冷やをかけ回して食べるのが弥平の好物であった。
「ああ…ちくしょう…。」
またぶつぶつと繰り返しながら蕎麦を手繰る。
「なんであの長官はああも《けち》なんだ……」
長官とは火付盗賊改メ方長官・堀帯刀の事である。御手先組から言わば《リストラ》された堀が当然バリバリ役目を全うするわけもなく、盗賊連中からも、
「役立たずのほったてわき」
と鼻で笑われる始末であった。当然、火盗改メの信望は地に落ちている。
弥平が堀を《けち》と言ったのは聞き込みにかかった費用一朱を都合つけようと勘定係に持ちかけようとした所を堀が
「盗賊共を挙げる前に金をせびるとは何に使っている事やら…」
と、得意の嫌み、でまくし立てたからである。安月給の弥平が捜査費用を自分のふところで賄える程裕福なはずがない。と、いうより、弥平のみならず同心全員が同じ境遇なのだ。
蕎麦をすすり終えた弥平は、
「どうせ見廻りをしたところで…」
と、席を立ちかけたが思いとどまり、
「おやじ、熱い酒(の)と、小鉢をくれ」
また小上がりに引っ込んでしまった。
弥平が見廻りを担当しているのは四谷からも赤坂辺り四里程なのだが今日はわずか一里も離れてない蕎麦屋で頬を赤らめていた。元来、酒は強くないが勧められるままに味を覚えてしまい。だいたい三合くらいは呑めるようになった。しかも最近になって酒を覚えたものだから、団子を片手に呑むといういわゆる《両党使い》なのだ。
軽く一刻半程過ぎて日も傾いてきた頃、蕎麦屋に長身の大男が入ってきた。年の頃は三十を一つ二つ超えた頃だろうか。無精髭を顎だけに生やし月代は剃らず、それでも小ざっぱりした着流しで一見、浪人とも、商家の旦那ともとれる風体である。
入ってくるなりつかつかと弥平の前に歩み寄り、巨体に似合わずふらりと小上がりに滑り込んだ。
弥平はみるみる顔が青ざめて、一気に酒が抜けていくのがわかった。
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