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小屋から引きずり出された達磨は、余りにも早すぎる逃避劇の終焉に悔しがる事も忘れていた。瞬間、脳裏に疑惑が浮かび上がった。
「て、手前等…まさか嵌めやがったな?」
わなわなと震えだした達磨に小泉ではなく、弥平が口走る。
「やっぱりお前みたいな畜生は死んで償うべきなんだ。もし本当に逃げないであのまま朝を迎えたら、違う結末があったのにな…。達磨、最後に教えてやる。お前が今いるこの運命は、立花参護に観られた時から決まっていたんだよ…。」
言い終えると小泉は首に押し当てていた刀を引き斬った。躯から離れ転がる達磨の首が田んぼの畦道で止まる。その表情は形容し難いほどに崩れていた。
桜も散り始めて随分経つのに、まだ赤々と目に映る木々を見上げながら参護は、桜の幹に背を預け、もたれ掛かりながら煙を呑んでいた。染井吉野、今でこそ日本中に咲き誇る桜の品種であるが、この時代はまだ無い。観賞用として一代胚珠、樹齢にして八十年程度の寿命しかないこの品種が交配されるのはずっと後の話である。その祖原種の吉野桜が江戸城周辺には転々と植えられている。
「花見ですか?花見なら《これ》がなきゃ…でしょ?」
何処からか現れた弥平が三色団子の包みを解き、参護の隣に腰を下ろした。昨夜からの捕物の疲れなど全く感じさせない弥平に、
〈これが若さ〉
を、見せつけられているようで、参護は煙を深く吹きかけた。
一刻前、小泉は達磨の首を役宅に持ち帰り堀に委細を説明した。
「達磨の甚佐、牢破りにて逃走を図り、これを見付け斬首。」
言葉を失う堀に代わりに丁度役宅に戻ってきた参護がこれを受けて、まだ寝ぼけ眼の堀を遮り、飄々と美辞麗句を並べ、金一封を堀に催促。言われるがまま金箱を開けて小泉と弥平に一両づつ渡し心有らずの《よくやってくれた》を投げ掛けたのである。言われるがまま、そう堀にとってみれば、畜生盗きの悪党を極刑にせず、さらに改心させることなく逃亡させてしまう、言わば《失態》なのである。それを小泉と弥平が公になる前に処理してくれた構図に流石にいつもの嫌みも口を突く事が出来なかったのであろう。
「弥平、なんか奢れよ。」
参護が、新しい草を詰め直しながらぶっきらぼうに言い寄った。これは決して恩着せがましく言っているのではない。確かに今回弥平は一両という大金を参護の働きにより手にしたわけだ。
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