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今日弥平は、赤坂の自分の見廻り担当から外れ巣鴨から大塚周辺を歩いてい、その帰りに先の煙草屋に立ち寄った。この周辺は北へ抜けると日光街道の入り口に当たり、大照(徳川家康)を祀ってある日光東照宮への本通である。さらに、水戸街道、奥州街道と、地方に抜ける玄関口に当たる。そのせいか宿場町の体を成し旅籠が多く、併せて女を売る店も増えていった。
或る異変に気づいたのは、神保町に入ってからふと思い出したかのように巣鴨の出逢茶屋の事だった。その店を通り過ぎた一刻程前、何も気に止める物は非ず、ただ街並みの一部として眺め過ごした。しかし、今、弥平の脳裏には、
「おかしい。確信は持てないが、何か引っかかる。」
と、疑念を抱いては考えれば考える程大きくなっていった。
ともかく、今歩いた道を踵を返して戻ろうと思い、道すがらに有った籠屋に、
「この包みと、手紙を本所の《松屋》迄届けておくれ。で、その後は主の云うところに籠を迎えに云ってはくれないか。」
と、こころづけを渡して走らせた。
(二)
本所松屋と言えばこの界隈でも屈指の高級な料亭である。客は予約無しには入れず、また部屋数も二部屋しかない為従業員も番頭、女将、料理人の三名しかいない。端から見れば商売が成り立つのかどうか疑問な店だが、出てくる料理に間違いは無かった。雉や鴨の串焼きを甘辛いたれで出し、今の季節は岩魚をぬたにして膳を作る。酒は灘から仕入れた一級品を使用して客があれこれ注文しなくても、お勧めを丁度良い頃合いで出て来るのも人気の一つである。此処までの店なのだから、当然料金も尋常ではない。最低一人当たり一朱、いや二朱は必要であろう。ともかく、一般庶民がふらりと入れる店ではない。
用事を言い渡された籠屋でさえ、敷居を跨ぐのを緊張する店構えである。弥平から預かった手紙と包みを番頭に渡し、物珍しい店の中をあちこちと見渡し、少々興奮気味の籠屋であった。
「ご苦労だったね。ちょっとこちらに座って、お茶でも飲んでおいき。そしたら人を乗せて巣鴨まで行ってもらうよ。さあ、遠慮は要らないよ。今、足湯を持ってくるからね。」
手紙を読み終えた番頭は屈託のない笑顔で籠屋達をもてなした。これに籠屋は驚きと感激を隠せない、通例、籠かきなんて者は使用人以下に見下される。籠屋もそれが当たり前で思っていた。
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