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聞かれてもただ煙を呑むだけの参護に、次に出る言葉が見つからない弥平である。何せ弥平自身も《勘ばたらき》なのだから言葉で説明出来る道理がないのだ。
「弥平、ちょとあの店行って好みの女二人ほど買ってこい。なぁに、もしお前の勘ばたらきが外れても、そん時は二人で楽しもうや。」
無精髭を生やした顎で指図をすると、弥平は云われたまま店先にいる老人に声をかけた。やりとりは馴れている。老人に何食わぬ顔で小粒を握らせ、覗き窓から女を物色し始めた。もうそれはどこから見ても遊び人の姿で、もしこれが演技なら弥平も今頃は出世しているのだろう。
「やはりおかしいです。あの主と話してみて、私の勘ばたらきは確信に変わりましたよ。女は支度に半刻程かかるそうです。先に置屋に行ってみましょうか。」
参護の下へ戻ってきた弥平が鼻息荒く詰め寄った。主が指定した置屋は目の鼻の先にあり、旅支度の客達が頻繁に出入りしていた。別段、この店に怪しむ点はない。
「まあ待て、お前の話を聞く前に、まずは酒だ。で、女が来たら酌だけさせて様子を見よう。お前の考えが確信になったなら、これはもう捜査だ。いいか、女は買ったが、寝るなよ。」
酒と、適当に見繕った料理を注文し、待っていると女が一人現れた。女は名をおしんと呼び、見た目は童顔、胸も尻にも肉付きは無く、背も低い、云われなければまだ十を超えたばかりと見間違う程だが、本人曰く十九だそうだ。
「残念ですが、おしず姐さんは上客がいまして…。これはおしず姐さんの分のお代で御座います。どうぞお納め下さいまし。」
云いながらそっと弥平にしなだれかかり、徳利を取った。
「き…今日は酒の相手だけしてくれれば良い。お前独りで私達二人を相手すると云うのか?そんな丈夫な体に見えんぞ。」
弥平の精一杯の冗談だろう。参護は酌を取らせおしんの体つきをまじまじと嘗めた。これ以上この状態だと弥平の理性は持たない、蛇の生殺しとはこの事と、内心笑いが止まらない参護だった。
(三)
おしんが帰ってから、参護と弥平は一度役宅へ帰ることにした。もうすっかり外は暗くなって蛙が五月蠅いほど騒いでいる。まだ田んぼの稲が水面から顔を出したばかりと云うのにこの年は暑い夜が続いた。たった一里歩いただけなのに着流しの背中は色が変わる程湿っている。
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