女賊

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「今晩の内に真由を連れて巣鴨に行ってみますね。明後日は弥平さんも、立花さんもちょうど非番と聞きました。では明後日のこの時間迄には調べておきますよ。」  布団をたたみながら冬十朗は穏やかな口調で話してい、弥平はこれを承知した。真由と云うのはこの松屋の女将で、年は三十にさしかかる頃であろう、妖艶な雰囲気を漂わせる魅力的な女性である。もう独り、松屋には赤伊右衛門と云う、昔は二本差しの料理人がいる。元武士がどうして板場を勤めているのかは弥平も知らず、またある種それを聞くのも禁句に感じていた。冬十朗、真由、赤伊右衛門、そして参護の四人の関係性は《同郷で幼少時代からの付き合い》と聞いていた弥平は、そこに一片の疑いは無い。以前、酒の席で冬十朗が過去を打ち明け漏らした事があった。冬十朗は若い頃、江戸城本丸で働いていた、と云う。それ以上はどんな仕事とも、何をしていたとも話してはくれなかったが、弥平も追求してはいけないのだと感じたのである。だから度々捜査に協力してくれるのも、唯、素直に感謝するのであった。 (四)  昨晩とは変わって小雨が降り出した今日は、雲に月が隠れて暗闇を創り出している。提灯が無ければ何も見えない畦道を、冬十朗と真由は何事もなく歩いていた。暗闇の中、傘に当たる雨音だけが違和感を発している。 「おじさん。もしかしたらその妓。同業かも知れないんでしょ?嫌だなぁ、知った顔だったら。」  真由の呟きは冬十朗に届いていたが、敢えてこれを無視して歩みを早めた。件の店に着いた頃はもう界隈の店に灯りは無い。  店の周りをぐるりと一周、二周して外観の特徴をつかみ、いざ表の戸板に近付こうとする真由を冬十朗が止める。おかしい、真由も刹那で感じ取った。瞬時に気配を殺した二人は闇に身を潜める。 「あれー?おっかしぃなあ。誰か居た気がしたんだけどな。姐さんの方はどう?」  二階の屋根から姿を見せたのはあのおしんであった。おしずもいつの間にか正面玄関の前に現れていて手には細刀が握られている。 「鼠が、二匹いるね。いや、三匹か。」  云うともなくおしずは冬十朗の前に駆け寄った。冬十朗も刀を抜いてあり臨戦態勢になってい、体を左前掛に、刀を裏首に担ぐように構えている。 「……新陰流?」
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