女賊

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 おしずが驚くのも無理はない。その構えは一部の隙もなく、本物の遣い手である事がはっきりと解るからだ。新陰流、その祖、柳生宗典が戦国時代に編み出し、柳生十兵衛が進化させ一撃必殺の一刀剣として名を馳せたが、正当柳生新陰流は一子相伝で継承者は柳生の血でしか無い為、会得する人間は歴史上九人しかいないとされている。その柳生の末裔かもや知れない老人が、今自分と対峙している。 「姿を見られたお前さんには死んでもらうしかないねぇ。私を見つけてしまったのが間違いだよ。最後に聞きたい。何故お前さんの様な人間が泥棒の真似事を?」 「…私と、あそこにいる女は盗人なんかじゃないさ。ただここの一味にちょいと貸しがあってね。そいつを返して貰うために仲間の振りをしてるだけさ。…頼みがあります。あの子を助けてやってほしい。私は掟に従って殺してくれてもいい…隠密御庭番衆、柳生冬十朗。」  刀を捨て、抵抗することなく冬十朗の前に跪きおしんを見上げて心の中で別れを告げた。 「…名前を聞いておこう。忍の者であろう。」 「服部洋次郎が娘、静。あそこにいるのは腹違いの妹、心。」  空を見上げた静は胸に刺さる感触すら解らずに息絶えた。死人とは思えない安らかな微笑みを浮かべ、雨の中に横たわる。冬十朗は小さく十字を切り静の魂を弔った。  いつまでも戻らない静を心配してか、外へ駆け出した心が後ろから不意打ちを浴びて意識を落とした。傘を挿したまま大刀の鞘で首筋に打ち据え、顔も見られずやってのけたのは参護である。冬十朗は静を、参護は心を担ぎ上げ本所に向かい、真由はそのまま屋根裏に潜入し、店の内情を探る事にした。 「冬、やはりこいつら伊賀者か?」  帰り道の雨の中、参護が話しかけると冬十朗は頷く。江戸幕府開幕以後、天下統一を成し遂げた徳川家康は争いや戦を禁じた。その為、子飼いであった伊賀忍者の一部は幕府の暗殺部隊として活躍するがその大多数が地方に散り散りになりやがて荒廃してゆく。この時代の頃は既に忍など目にする事が稀なのである。鬱蒼と繁る森の前で冬十朗は肩口に乗せた静を下ろし、衣服を剥いだ。ゆっくりと刀を抜き、綺麗に整った顔に刃を押し当て一気にこそぎ落とす。もう一見では誰だか解らない死体を穴に埋め、衣服に火を点けた。これは忍の世界で死ぬ時でさえ闇に乗じ秘密にせよと云う伝えがあり、これに倣って葬したのである。
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