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白鳥は松本に気付くと名を零したが、すぐに横を通り過ぎ別館から出て行った。その後ろ姿を暫く見つめていると二限目開始の鐘が響いた。
松本は教室に入り、扉を後ろ手で閉めれば教壇に上がりながら「始めるわよ」とD組の皆に言った。
教科書を広げながらふと生徒に視線を送ると、青山がまだ立ったままだという事に気付く。
「青山さん、いつまで立ってるの?早く席に着きなさい。」
そう言えば「あ…はい」と返事し、慌てた様子で席に着き教科書を広げた。
「じゃあ、関内さん。28ページを読んでくれるかしら?」
「はい」
松本は生徒一人を指名すれば、白鳥を思っていた。
ただあの時の事を。
きっかけは今年の入学式直後だった。
早くも荒れ始めた一年生に教師が頭を抱え始めた頃に、松本にひとつの連絡が入った。
「わ…私が一年の英語担当?!」
職員室で机の整頓をしている時に肩を叩かれ、振り返れば同じ英語の教師の右高三雄がいた。
右高は生徒からも懐かれ、教師からは人望が厚い男の先生で、私にとっても父親の様な存在だった。
「そうなんです。松本先生…ダメですかね?」
「でも二年生は誰が担当するのでしょう?」
私は一年生から二年生に上がった生徒達をそのまま受け持つ事になったので、一年生と二年生の両立には自信がなかった。
すると右高は笑顔を浮かべて話始めた。
「それがですね、産休に入っていた中村先生が今週末に復帰するのですよ。私には三年生の担当がありますし…産休明けの中村先生に、顔馴染みのない一年生はストレスが…ねぇ?」
そう言い、半ば強引に私に一年生の半分のクラスを押し付けた。
私は、「中村先生が戻ってくるから担当が二年生から一年生に変わるの」と、二年C組のみんなに伝えた。
「えー」とか「行かないで」とか「先生じゃなきゃやだ」という声はなく、ただ「そうなんだ」の一言で終わる様な反応だった。
期待した自分が馬鹿なんだ。
そう言い聞かせた。
やはり生徒にとって教師は教師で、それ以上でもそれ以下でもない。
勉強を教えるだけの存在なのだと。
悲しかった―…
「僕、松本先生がいい」
一人だけが、そう言ってくれた。
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