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近所の塀に、シミがある。
コンクリート塀が風雨に晒され、苔やらカビやらが生えてできたシミだ。一見ただのシミだが、よくよく見ると顔に見える。テレビの心霊写真特集なんかで、赤い丸で囲まれていそうな曖昧な顔だ。
普段はさして気にならないが、たまに深夜にコンビニに行く際に顔の前を横切ると、街灯の光の加減なのか、視界の端で顔が笑っているように見える。小心者の私は、驚いて立ち止まる。そして確認してみるが、顔はけして笑ってなどおらず、曖昧な表情をいつもどおりに浮かべている。
そんな事が数回あった為、今では、案外本当に笑っているかも知れないと思っている。
私が見ている間はただのシミのふりをして、私が目を逸らした途端「お、気付いてないな。あのマヌケめ」とほくそ笑むのだ。
私は、自分の視界にとらえたものしか見る事が出来ない。きっと皆そうだろう。例え背後に人魂が浮いていても、前に何も無ければ、普通に歩いていくだろう。見えないものは知り得ないし、その存在にすら気付かない。
世界は三百六十度に渡って広がっているが、人間の目はせいぜい前方百八十度くらいしかとらえない。私が見ているのは、世界のほんの片隅なのだ。
この目がとらえていない場所で何が起きようと、私は知らずに生きて行くのだろう。
そう考えると、私は少なくとも、世界の半分を損している。非常に勿体ない話だ。
今部屋の中でこんなものを書いている間にも、あの顔は笑っているのかも知れない。
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