融けていく雫

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 仕事へ行きました。    私が生まれるより少し前にできた全国チェーンの有名なドーナツ屋さんです。    いつも通る道をいつも通りに力を入れて、ペダルを漕いで進みます。力を入れてもなぜだかあまり速くはなりません。私は職場へと向かって、ゆっくり自転車を漕いでいきます。    赤い看板が見えたら右、あの薬局を過ぎたら左。景色も自転車と同じ速さで、ゆっくりと後ろに流れていきます。私の目に映るのは、店に行き着くための指標になるものだけ。働き始めた頃は大好きだった周りの景色は、職場への苦い想いに塗り潰され、この目にはなにも映りません。    それでも指標にしているものを通り過ぎて、職場に近づいてきているという事実を思うだけで、この胸が酷く痛みます。これまでの失敗への後悔と、これからの失敗への不安で心が破れてしまいそうです。    嫌なことを思い出し、その時の惨めな気分が水泡のように浮かんできます。視界がぼやけて、頬を涙が伝って膝に落ちます。私は目蓋をハンカチで擦りながら自転車を漕ぎ続けました。何で自分はこんなにもダメなのだろうかと、そればかりを考えて、悔しく思い、情けなくなります。    今までの失敗の数々を思い出して、涙を流したまま自転車を漕いでいたら、急に呼吸ができなくなりました。    私は耐えられなくなり、自転車から降りて、ガードレールの柱に寄りかかります。自転車は、私が降りてから少しだけ進んで、直ぐに甲高い音を立てて倒れました。後輪が笑うように音を立てて廻っています。惨めな私を見て嘲笑っています。私はその景色を別世界にあるもののように感じました。笑われるのは苦しくないから。    不意に一人ぼっちになったような心細さを感じて肩を抱いて丸くなります。実際私は今からひとりぼっちになるのです。バイト先には人はいますが、私はひとりでしかないのです。    ハンカチを顔に当てて、溢れる涙と鼻水を必死になってとめようとします。そういえばまだ呼吸をしていません。震えながら手探りでズボンの右ポケットから細長いものを取り出します。目蓋を固く閉じて、その刃を手首に当て、前に押し出しました。手に軽い振動が伝わって、体の震えはさらに激しくなります。目から溢れる雫が、押しつけたハンカチを濡らして染みるほどに濡れているのがわかりました。    そして私はようやく呼吸ができました。
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