融けていく雫

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 厨房に入って皆さんに挨拶しながら手を洗いに行きます。仕事が恐ろしくて、ずっと手を洗っていたいけれど、そういうわけにはいきません。すぐに洗い終えて、ゴム手袋を付けました。  主任に何をすればいいか尋ねます。主任は私を見て笑顔を作りながら指示を出しました。最初は自然に見えたそれも、最近は少し引きつって見えます。  私は不器用なので、出来る限りミスをしないように丁寧に丁寧に一つ一つのドーナツを作っていきました。でも、百個頼まれたうちその半分の半分が出来上がる頃には、待ちくたびれたらしい店長が隣で私と同じ種類のドーナツを作っていました。  出来上がった二十五個のドーナツをしまおうと、棚のところにドーナツをもっていくと、棚には既に五十個のドーナツがありました。今店長が作っているドーナツが出来上がれば百個になります。  店長はドーナツを作り終わった私に言いました。 「次からはちょっと雑にでも、もっと早くね」  ニコニコと笑って言ってくれた店長の後ろでは、3ヶ月程前に入ったバイトさんが私を冷たい目で見ていました。ちょっとだけ胸が痛みました。 私は、はい、と返事をして次に頼まれた仕事を始めます。揚げ上がったパン生地にチョコを付けるだけ、溶けたチョコが沢山入った箱に少しだけ生地を浸すだけの簡単な作業です。  言われた通りに、より早く作るように頑張りました。ノルマを果たすまであと一個というところまで作って、私は思いました。 ――私だってやればできるじゃないか。  マスクで隠れた口が三日月型になったのを感じながら最後の一個に取り掛かります。  しかし、最後の一個だったからでしょうか、私は気を緩めてしまったようです。  少しだけ力を入れすぎたせいで、生地は無残に潰れてしまいました。  私は驚いて反射的に手を引っ込めます。手にチョコの箱が引っ掛かりました。  箱の中にはもうほとんど中身が入っていなかったので、容易に私の手に付いてきて、辺り一面にチョコが飛び散りました。  飛び散ったチョコは少し赤みがかった茶色と白の床を濃い茶色一色に染めます。チョコより少し遅れて地面についた容器が硬質な、けれどとても軽くて響く音をたてて床を滑っていきました。容器が滑ったところのチョコが一瞬無くなり、しかしすぐにまた茶色に染まります。
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