融けていく雫

5/6
前へ
/12ページ
次へ
 一連の出来事を呆然と眺めた後、自分がこの事態を引き起こしたことに気づいて、私はなんだか力が抜けてそこにへたり込んでしまいました。  すぐに慌しく、みなさんが一斉に動き始めました。皆さん意識的にこちらを見ないようにしているのか、呆然とみんなを見ているのに誰とも目が合いません。  甘いチョコの匂いが漂っているのに気づいて、自分の体に力が入ることにやっと気付きました。  私も雑巾を取りにロッカーへと急ぎます。手が小刻みに震え、呼吸もしにくいほどに口の中が乾いて、暖房がかかった店内が寒いはずなんて無いのに、私の動きは長い間冷蔵庫の中にでもにいたかのように緩慢でした。  それでもロッカーで雑巾を探していると、店長がこちらへ走ってきました。  私はとてもやりきれなくなって、謝罪の言葉を口にしようとしました。 「どいて!」  しかし、謝罪の言葉を言う間もなく、店長は私を突き飛ばし、すぐに見つかったらしい雑巾を手にとって、チョコだらけの厨房へと駆けていきます。  私は、ロッカーの前で座り込んだまま、また動けなくなっていました。  息をしようとしても渇いた音が鳴るだけで、空気が私の体に入って、そのまま抜けてしまったかのように息苦しさは変わりません。視界はぼやけて、いえ、ぼやけるとかではなく、何もかも見ることを拒否したかのように何かを見ているという感覚がなくなっていました。頭の中も混乱して、自分が何をすべきなのか、何を考えるべきなのか全く分からなくなっていました。  何も感じられなくなった私は全てを諦め、自然と、この職場に勤めることができるようになった日のことを思い出しました。娘が自立したのだと喜ぶ両親のことを思い出しました。  その時、私はやっと自立できたのだと、両親に迷惑をかけずに生きられるようになるのだと思って嬉しくなって、でもやっぱり寂しく感じました。  今、私はとても情けない気持ちで、そして後悔と罪悪感でいっぱいです。  結局、私は自立していなかったのです。  結局、私は誰かにもたれたまま、誰かに頼るようにでしか生きられないのです。  結局、私は人に不利益を生むことしか出来ない人間なのです。  結局、不利益しか生めないということは、存在意義がないということ。存在しちゃいけないということなのです。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加