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それは十二月のある日、一年の終わりが近付いて来た頃、屋敷の使用人はほとんど全員で掃除や家事をこなしていた。
中谷桔梗(なかたにききょう)は窓ガラスに息を吹きかけながら近付いてくる鼻唄に耳を傾けた。
「中谷さん、窓終わったら庭の掃き掃除お願いしますね?」
「はい、神坂さん」
桔梗の先輩にあたる神坂由比(みさかゆい)は、執事長補佐を務めており、全員の指揮を執るのも由比だ。
本来であれば窓の高い所なんかは背の高い男性の方が隅まで手が届くのだろうが、生憎とこの屋敷の執事は三人しかいない。
そして内二人は外出中、残された由比の身長は百六十センチの桔梗よりも低く、小柄だ。
「ご機嫌ですね、神坂さん」
「は…はい?そうですかね?」
桔梗がそう言うと、由比はまるで何を言っているのかわからない、というような言い方をした。
「そうですよ、さっきから見掛ける度に鼻唄聞こえてるし、時々笑いが漏れてるし、それに洗濯籠振り回して踊っているのが窓から見えました」
桔梗が皮肉っぽくそう言ってやると、由比はバツの悪そうな、照れ臭そうな顔をした。
「…参ったなぁ、見られてたのか」
苦笑いしながらそう言うと、由比は、踊ってたのは内緒ですよ?と口許に人指し指を当てた。
「で、なんでそんなに機嫌いいんですか?」
桔梗が笑いを堪えているのを知ってか知らずか、由比は顔を明るくして楽しそうだ。
「だってだって、お掃除って楽しいじゃないですか。
しかもただの掃除じゃない。
これは大掃除なんです」
しかも先輩は奥様とお出掛け中ですしね、とは付け足したように言った言葉だが、桔梗にはこちらが本命のような気がした。
由比が楽しそうに鼻唄を歌いながら去っていくのを後ろに聞きながら桔梗はその人の事を考えてみた。
二条宮古(にじょうみやこ)。
由比が先輩と呼ぶのはこの人の事で、屋敷の執事長でもある。
由比がこの屋敷で働きだした頃から既に執事長として働いていたらしい。
腰の辺りまである長く艶を帯びた黒髪と柔らかな表情、細くて長い女性のような指と白い肌。
非の討ち所が無いような美人だ。
性格は真面目そうで、優しそうで、面倒見がよさそう。
というのが見た目の第一印象だった。
それが一度口を開けば吐くのは毒と暴言、この屋敷の跡取りである穹浪羽忌(そらなみうい)が如何に美しく聡明かという事ぐらいだ。
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