ハジマルウタ

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 思い返せばあれは一年前、ちょうど今頃の時期だ。  この屋敷でメイドとして働く事になった桔梗は由比に連れられ、宮古に会わされた。  最初は部屋に連れていかれるかと思っていたが、由比に案内されたのは巨大と言っても過言では無いほどに巨大な薔薇園だった。  それはもう、迷いこんだらミイラと化した死体となって発見されるんじゃないかというぐらい巨大な薔薇園に、彼はいた。  小さめの手に鋏を持って薔薇の手入れをする姿は、まるで一枚の絵画のように美しく、事実数秒の間見とれてしまった。  そして彼はやんわりと微笑みを浮かべると、少し高めの美しい声で言葉を発したのだった。 「神坂様、誰でございます? その如何にもこの場に似つかわしくない、頭が悪そうでついでに顔も悪い女は」  その瞬間、確かに時が止まったのを感じた。  由比が慌てて何かフォローのような言葉を口にしていたようだったが何も耳に入ってこなかった。  由比が手短に宮古に桔梗を紹介して、桔梗を引き摺るようにしてその場を後にしたのだという。  その時の記憶は、あまりに衝撃が大きすぎて覚えていなかったので、後日由比に教えてもらって知った事だ。  宮古が屋敷の執事長である事、あの薔薇園は宮古が一人で手入れしている事、無駄に秘密主義である事、ついでに羽忌にご執心である事なんかも聞かされた。  一瞬だけ、彼がこちらを振り向き暴言を発するまでのほんの一瞬の間だけ、確かに桔梗は宮古に恋をした。  そしてその恋は、ものの数秒もしない内に音も無く崩れ去った。  二条宮古の人間性を知った今となっては、彼のどこがよかったのか不思議でならない。
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