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少しして、廊下の向こう側からふらふらと由比が姿をみせた。
「あ、神坂さん」
笑いすぎて涙が出ている目元を拭いながら由比に目を向ける。
「……中谷、さん?」
ぴくん、と一度体を震わせ、由比はゆっくりと顔を上げた。
その目は、今まで見た由比のどんな表情よりも沈んでいた。
「……もしかして、奥様に怒られちゃいましたか?」
由比は答えなかった。
代わりに、うつ向いたまま曖昧に口許を歪めた。
「はは……大丈夫ですよ」
笑っているつもりなのだろうが、不気味だった。
一応桔梗も曖昧ながら笑みを返した。
「具合、もういいんですか?」
「はい、すみません御迷惑をお掛けして……」
今は寧ろ、由比の方が青白い顔をしていた。
目は不安定に泳いでいるし、なんとなく震えていて壊れてしまいそうだった。
するとそんな桔梗の表情に気付いたのか、由比は彼なりに弱々しいながらも微笑みかけた。
「……大丈夫ですよ」
声が震えているなんて事はなかったが、やはりそんな言葉では信じられなかった。
「少しだけ、落ち着けばなんとかなります」
憂いを帯た瞳と言えば聞こえはいいが、泣きそうに潤んだ瞳で言われると放って置けない。
しかし、由比は見た目こそ頼りないが、いざとなれば頼れるし、穹浪家の執事長補佐を務めるだけあってしっかりしている。
何より桔梗より年上なのだから彼女が心配する事でも無いだろう。
「今日は……中谷さんは帰って休んでください」
何せ、たっぷりと寝こけてしまった桔梗を心配できる程だ。
健気だ、と思った。
なのに何故、彼の健気さは報われないのだろう。
宮古にはこき使われるし、七名島姉妹には子供扱いされるし、合歓には八つ当たりされるし。
「……可哀想」
「は……はい?」
あまりにも由比が可哀想に思えてきてつい口を突いて出てしまった。
「なんでも無いです!……神坂さん、頑張ってくださいね」
ぐっ、と胸の前で拳を握り締める。
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