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「あ、はい……えっと、頑張ります」
訳もわからないまま同じように拳を握る由比を微笑ましく見つめると、桔梗はくるりと踵を返して、拳を高く突き上げた。
「さぁて、いっぱい寝たし頑張って働くぞー!」
「駄目だよー?」
桔梗の決意は羽忌の一言によってあっさり打ち砕かれた。
走り出そうと踏み出した足はずるりと床を滑り、危うく転びそうになってしまった。
「なんでですかぁ!?」
体勢を立て直し羽忌に向きを変えると、彼は可愛らしく頬を膨らませて桔梗を注意した。
「だってきょーちゃん熱あるでしょ?少しだけだけど、侮っちゃ駄目だよ!」
熱?
自分でも気付かなかった。
だから腐臭ごときで倒れてしまったのか。
「だから、今日は帰って休む!ね?」
由比を見ると、彼も心配そうに桔梗を見ていた。
これ以上心配させてもよくないし、ここはおとなしく帰った方が得策かもしれない。
「じゃぁ、帰りますよ」
とは言え、やはり早退は気が引ける。
あまり面白くない気分だった。
するとどういうつもりなのか、羽忌が突然桔梗の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「後でお見舞いに行くから、いい子で待っててね」
普段は無邪気で女の子みたいなのに、こうやって怪我や病気を心配する姿を見ると、羽忌は途端に大人びて見える。
桔梗が面白くない気分でいる事を察してこういう行動を取る辺り、羽忌も男の子だという事だろう。
少なくとも、この屋敷でそういった行動を取れるのは羽忌だけだ。
「ありがとうございます。今日はすいませんでした」
素直に羽忌のてのひらに頭を預ける。
細長くて、柔らかな指先は数回髪の中を通ると離れていった。
「そういえば中谷さん、寝辛くありませんでしたか?」
不意に思い出したように由比が言った。
「すいません、汚い部屋で」
由比が申し訳無さそうに頭を下げる。
少しは元気が出てきたようだ。
「大丈夫ですよ、物は多かったですけど、掃除してあったみたいで埃っぽくなかったですし」
思い返してみると、確かにこまめに掃除しているようで、綺麗ではあった。
「でもあれ、誰の部屋だったんです?菱櫛(ひしぐし)君ですか?」
菱櫛棗(なつめ)は宮古や由比のように住み込みで働く執事だが、まだ中学生である。
それに彼はミステリアスな所があり変な収拾癖があるのであの物が多い部屋が棗の部屋だと言われれば納得だった。
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