7 俺にかまうな

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  ◇◆  直久が弟の言葉を聞き返そうと思った瞬間、視界から和久が消えた。 「!」  素早く首をひねり、部屋中を三六〇度見渡すも、弟の姿はどこにも見当たらない。  直久は一呼吸おいて、心を落ち着かせる。  大丈夫だ。心配することはない。  姿を消す前に、弟は、ゆずるがどうのこうのと言っていた。式神の雲居から一報を得て、とっさに二階の客室へ瞬間移動したのだろう。  瞬間移動──直久の一族のうち和久クラスの能力者では、よく使われる能力で、霊力の強い者は瞬時に地球の反対側へ移動できるらしい。鉄道、船舶、航空会社の敵であり、実に便利で非科学的な力だ。  だが、いくら直久が何度も瞬間移動を目にするとはいえ、「瞬間移動するから!」とか宣言してから行ってほしい、といつも思う。突然、消えないでほしい。 「ほう。そなたたちはそのようなこともできるのか。ほんに、面白いのう」  ニヤニヤと笑みを浮かべ、足を組み偉そうにソファーにふんぞり返りながら、山神が言った。  そんな山神の方をぎろりと見ただけで、直久は返事をするつもりはなかった。すぐさま和久を追ってゆずるのところに行かねば、という気持ちで頭がいっぱいだったからだ。  しかし、今にも全力で走りだそうとしていた直久を、山神が「待て」の一言で止める。彼の言葉は、まるでそれ自身が威力を持つかのように、直久の足をその場に縛り付けた。 「何なんだよっ!! オレも助けに行かなきゃなんねーんだよっ!!」  苛立ちを隠さずに声を荒げる直久に、彼は飄々とした表示で、涼しげな視線を返してきた。何をそんなに慌てているのだ、愚かなことよ。その視線がそう言っていた。  直久がぎりりと歯を食いしばると、彼は口元をにやりとゆがませ、すうっと流れるような仕草で、片手を肩まで挙げた。
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