7 俺にかまうな

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  「今日にも、その絵が完成するというので、みんな、儀式の準備に忙しいの。だから、あなたみたいな不審者が入り込んでも、まるで気付かないんだわ。これってちょっと問題よね」  アヤメはそう言ってくすくす笑っているが、直久はすでに聞いてない。今頃になって、自分の置かれた状況が、普通は考えられないことになっている気がしてきたからだ。 (待て待て待てっ!! 今、なんつった? 今描いてるって言わなかったか? ……ていうか待てよ……ふつーにスルーしてきたっていうか、考えちゃいけないような気がしてたんだけど、何で肖像画の女の子が目の前にいるんだ?)  ふと直久の頭に、非科学的な答えが浮かぶ。 (いやいやいや、んなわけねーだろう)  すぐさま頭を勢い良く左右に振り、直久は腕を組み直した。  もう一度最初から考え直そう。落ち着いて考えれば何てことないんだ、きっと。そうに決まっている。非科学的なことに包囲された日常を送る彼ですら、全力で否定したくなるような、絵空事。起こるわけない──タイムスリップなんて。  だが待てよ、と直久は低く唸った。  肖像画が描かれたのは明治時代。つまり、その絵のモデルの少女が生きていたのも明治時代。  それなのに絵は今、描かれている最中で。そして、目の前にいるのがアヤメで、ツバキの双子の姉。その事実が意味することは、どう考えても──。 「ええええええーっ!!」  絶叫する直久の口を、慌ててアヤメが両手で覆う。 「ちょっ、声が大きい!! 誰かに聞かれたらどうするのよっ!!」  それでもかまわずに、何かを訴えようと、もがもが言っているもので、アヤメのほうが観念した。直久の口からアヤメの手が外れる。
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