8 ツバキとアヤメ

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「ええ」  青年――清次郎は上着のポケットを探り、銀色に輝く鍵を取り出した。床に膝を着き、扉の鍵穴にその銀の鍵を差し込む。そして、扉の取っ手に指を絡め、力強く引いて扉を開いた。 「あと、どのくらい? 今日には、描き終わるのかしら?」  知らず、アヤメの声が上擦る。1秒でも長く彼を引き留めて、彼と話をしていたい。彼を独り占めしていたかった。──ツバキではなく自分が。 「ええ。今日中には描き終わりますよ」  冬だというのに花が春だと間違えて咲き急いでしまったような微笑みをアヤメに向けると、彼は言い終えるより早く、扉が開いてぽっかりと姿を現した暗い穴の中に体を滑り込ませた。  あっ、とアヤメは小さく声を漏らす。   ──バタン。 彼の姿を呑み込んで、扉が大きな音を立てて閉じた。
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